「賢い子ども vs. ばけもの」という、民話はもとより「ヒーローもの」にもよく見られる構成です。
民話の語りはときとして「えええ!」という荒唐無稽な展開になっていくことがありますが、なぜか語りを聞いている時点では納得して聞いてしまいます。
「狼と七匹の子やぎ」で狼の腹をはさみで切って縫い合わせて……という展開なども、考えてみればありえない話ですよね。
でもなぜか受け入れてしまうのが民話の世界。
自慢げな坊や
昔々、自慢げな坊やがいたそうな。
ある日、飼っていた牡牛を煮て食べようと、牡牛を殺したんだそうな。
殺したはいいのだけれど、牡牛は大きいのでひとりでは食べきれない。短いしっぽも、肉のついたあばら肉の一本も持ち上げることができないほどだったんだって。
そこで一緒に肉を食べる相手を探しにでかけたんだ。
探し歩いていると、1羽のカラスに出会ったそうな。坊やは言った。
「牡牛を食べようとしたんだけどね、大きすぎて食べきれないんだ。だから一緒に食べてくれる人を探してるんだ」
するとカラスは「おれが食べるよ!肉をちょうだい!」と言った。
坊やはカラスに尋ねた。「どれくらい食べるんだい?」と。
するとカラスは「目玉が食べたい!目玉だけでいいよ!」
「ダメダメ、それっぽっちじゃ全然減らないよ」。坊やはふたたび探しはじめた。
すると今度はオオカミに出会った。
「牡牛を食べようとしたんだけどね、大きすぎて食べきれないんだ。だから一緒に食べてくれる人を探してるんだ」
するとオオカミは「おれが食べるよ!肉をちょうだい!」と言った。
「どれくらい食べるんだい?」「ももの肉を1本ちょうだい!それで十分だよ!」
「ダメダメ、それっぽっちじゃ全然減らないよ」。坊やはふたたび探しはじめた。
すると今度は、頭が15あるばけものに出会った。
「牡牛を食べようとしたんだけどね、大きすぎて食べきれないんだ。だから一緒に食べてくれる人を探してるんだ」
ばけものは言った。
「おお、いいとも。お前と一緒に食おうじゃないか。足りなかったらお前も食ってやる」
そこで坊やはばけものを家に連れていき、一緒に肉を食べたんだそうな。
ばけものは口から肉を食べ、鼻息を荒くして、みるみるうちに食べきってしまった。
「こんなんじゃ足りないな。よし、お前も食ってやる」ばけものはそう言うと、坊やをかかえて家に戻り、裸にして梁から吊るして下に火をくべ、また外に出て行った。
ばけものが出て行った後、坊やはおしっこで火を消そうとしはじめた。
さて、そのばけものには子どもたちがいた。家にいたばけものの子どもたちはみな、坊やのおしっこが降ってくるのを見てシャル・トス(溶かしバター)だと勘違いして大喜び。
「わーい!バターだ!!バターだ!!」そう言って、おしっこを舐めだした。
「おーい、お前たち、ちょっといいかい。お前たちの父さんの小刀をぼくに渡してくれないかな。そうしたらさ、もっといっぱいバターをあげるよ!」坊やはばけものの子どもたちに言った。
子どもたちが小刀を渡すと、坊やはそれを使って縄を切り、下に降りて子どもたちを殺してしまった。
そうして子どもたちの頭を切り落としてふとんに並べ、肉を切って、腸に血をつめて腸詰めを作って*、それらをゆでて皿に並べて、坊やは衣装箱の中に隠れたそうな。
ばけものが家に戻ってきた。おや、皿にもう肉が並んでいる。かわいい子どもたちは寝ているようだ。
「おおい、子どもたち、起きろ! 肉を食べよう!」 そう言ってふとんをめくったら、子どもたちの首がごろごろと転がった。
「おれのかわいい子どもたちを殺したな!小僧、どこにいる?!」
「南*の衣装箱の中だよ!」
ばけものが南の衣装箱を突き刺す瞬間、坊やはさっと移動する。「違うよ!西の衣装箱だよ」
西の衣装箱を突き刺す。さっと移る。「違うよ!北の衣装箱だよ」
南の衣装箱を突き刺す。さっと移る。「違うよ!東の衣装箱だよ」
さあ東の衣装箱を突き刺すと、もう隠れるところがない。坊やは腸詰めをかかえて逃げ出した。
逃げていく間、腸詰めの血がぽたぽたたれた。
「おお、おれのかわいい子どもたちの血だ!ああ、かわいそうに!」 ばけものはその滴った血を舐めながら追いかけてくる。
坊やは氷の上を逃げていく。血は氷の上にも滴った。
「おお、おれのかわいい子どもたちの血だ!ああ、かわいそうに!」 ばけものは氷のうえの滴った血も舐めた。
そしたらばけものの舌が氷にぴたっと貼り付いてしまった。
「おお小僧、舌が氷に貼り付いてしまった。氷と舌とを切り離してくれんか」
「え? なんて言ったの? 口と首とを切り離してくれって?」 坊やはそう言うと、ばけものの首をすぱっと切り落とした。
そうして15ある頭をすべて切り落として、ばけものを殺してしまったんだそうな。
ばけものがいなくなり、坊やもほかの動物たちも、幸せに暮らすようになったんだとさ。めでたしめでたし。
(シネヘン・ソム在住のドガルマー氏(1930年代生)より2003年に採録、再構成)
*モンゴルでは牛や羊を屠殺すると、その血を腸に注いで腸詰めを作り、肉や内臓とともにゆでて食べる習慣がある。とても鉄臭いが美味。