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 これもどこかで聞いたことがあるような話かもしれません。
 日本に伝わる類似の話は「古屋の漏り(ふるやのもり)」というお話。細部は異なりますがよく似ています。
 ブリヤートの人々の暮らす地域と虎の生息地域が合致しないため、どこかから伝来したお話なのでしょう。


雨漏りこわい

 昔むかし、あるところにまだら模様の牝牛を飼っている、おじいさんとおばあさんがいたそうな。

 そんな二人の家に、ある雨の降る晩、どろぼうが牝牛を盗みにやってきた。どろぼうは二人が寝静まるのをじっと外で待っていた。

 ちょうど同じころ、一頭の大きな虎が牝牛を食べようとじっと機会をうかがっていた。どろぼうも虎も、お互い気付かないままじーっと待っていた。

 家の中では、おじいさんとおばあさんがおしゃべりをしていた。

おじいさんは言った。

「虎ってのはおそろしいよなあ」

するとおばあさん、

「虎なんて大きい猫みたいなもんじゃないか。あたしゃそれより『アマモリ』のほうがイヤだねえ」

二人は貧しく、家はボロボロで、雨が降ると雨漏りがして大変だったのだ。

「何がイヤって、たーくさんの『アマモリ』が一番イヤさ」

外で話を聞いていた虎は思った。

「うわあ、俺さまよりもおそろしい『アマモリ』ってのは一体、どんな奴なんだろう」

虎はあれこれ考えているうちに、うとうとし始めた。

しばらくして、おじいさんとおばあさんは眠りについた。さあ、どろぼうが動きだす。そーっと忍び歩いていくと、目の前にまだら模様の大きな動物が眠っていた。どろぼうはガバッとつかまえにかかった。

そいつはしかし、まだらはまだらでも、黄色と黒のまだらだったのだ。いきなりどろぼうに抱きつかれた虎は、びっくり仰天目を覚ます。

「ああ!ひょっとしてこいつが『アマモリ』か?!まずいぞ、このままじゃ殺されちまう!」

と、一目散に東北の方角へ逃げ出した。

どろぼうはどろぼうでおどろいた。牛だと思ったら虎で、しかもいきなり駆け出したんだから。落ちたら大けがをするだろうし、どろぼうも必死で虎の背中にしがみついていた。

そうしてどろぼうを背中に乗せたまま、虎は走りにはしってある村へとやってきた。するとそこでは、なぜか村人が虎を待ち伏せしていてどろぼうと虎はつかまってしまった。

村人は、

「あんたの乗り物、どうすっぺか?」

とどろぼうにたずねた。

どろぼうは

「しっぽを切って放しておくれ」

と頼んだので、村人はそのとおり、しっぽを切って森へ放した。

虎があまりにむやみやたらに走ったので、ここがどこなのか、どろぼうには見当もつかない。途方に暮れていると村人が言った。

「こないだ占い師がやってきてな、『西南の方角から虎に乗った男がやってくる。その男こそ、あなたがたのハーン*になる人物だ』っちゅうて、お告げしてっただ。そんで待ち伏せしてただども、まさかほんとに来るとはなあ。さぁ、ハーンになってくんろ」

どろぼうは困ってしまった。牝牛を盗むつもりが、知らない土地でハーンになれだなんて。なので夜になるのを待って、村からこっそり逃げ出した。そうして森の中を通っていると、虎の群れに見つかってしまった。

どろぼうはわけもわからず逃げまどい、気がつけば木の上に登っていた。虎たちは、次々積み重なって木に登ってくる。虎の上に虎が乗って、その上に虎が乗って、そのまた上に乗って…。さあ、いよいよどろぼうの足元まで虎が登ってきた。

ふと見ると、一番下で支える虎にはしっぽがなかった。どろぼうは機転を利かせてこう言った。

「あぁ、お前さんはここにいたのか。俺だよ、俺。『アマモリ』だよ。」

それを聞いたしっぽ無しの虎は、肝をつぶして逃げ出した。一番下が逃げたから、上に乗っていた虎たちもみんな崩れおちて、おんなじように逃げ出した。

助かったのもつかの間、どろぼうは探しにきた村人に見つかってしまい村に連れ戻された。もう断ることもできなくて、とうとうどろぼうは、その土地のハーンになってしまったんだそうな。

*ハーン:王、支配者のことをさす。

(シネヘン・ソム在住のドガルマー氏(1930年代生)より2002年に採録、再構成)

北海道大学・北方文化論講座民族言語学研究室「少数民族の民話」に提供したものを転載。


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